2022年11月から23年1月にかけて大手6社合同による「事業アイデア創出プログラム“Hatch! Reframe Open”」が開催された。「社員のイントレプレナーシップ醸成」や「越境によるアイデア創出」の場として、リアルワークショップ(3日間)を含む 約3カ月間に渡って実施された本プログラムを通じて、参加者たちは何を体得し、新規事業を推進する事務局スタッフはどのような手ごたえを感じたのか。本編では、各社の抱える課題や参加のねらい、実施後の参加メンバーの変化などについて、各社の新規事業を推進するリーダー3名によるアフタークロストークをお届けします。
▼インタビューさせていただいた皆様
KDDI株式会社 ソリューション事業企画本部 EX推進部 小野 周平様
法人事業部における人事企画全般を担当。他社を含め約8年間、人事領域に従事し、同社においては新たな価値を創造する人財の育成や組織文化の醸成、エンゲージメント強化に向けた取り組みを主導する
イーソル株式会社 管理統括部 人事企画部 部長 澤田 綾子様
組込みソフトウェアの開発などを手がけるイーソルに新卒入社。自社製品の開発部門のエンジニア・マネージャとして8年ほど事業部門に関わったのち、2009年から人事部門へ異動。同社の人材開発・組織開発、人事制度構築などHRのさまざまな領域で経験を積み、同社の人事戦略を主導する。
日産自動車株式会社 日本事業 人材開発部 主担 北原 寛樹様
新卒で日産自動車にエンジニアとして入社。車のボディ設計に携わったのち、社内公募制度にてマーケティング部門へ異動。マーケティングや商品企画に関する経験を積んだのち、2020年からは日本での自動車販売を担う日本事業チーム(約700名)のHRBPとして、同事業部の人事戦略を推進する
※所属 / 肩書きはインタビュー当時のものです(2023年2月)
michinaru:まずは今回、6社合同開催となった“ Hatch! Reframe Open”に賛同、メンバーを派遣された経緯や背景を教えてください。
イーソル 澤田様(以下、澤田様):イーソルは、創業50年ほどで、業界では、老舗と言えるソフトウェア企業です。主力の事業は、自動車や携帯電話、人工衛星などに組み込まれるソフトウェアの開発です。社員の約8割以上がエンジニアで、お客様のニーズに合わせたソフトウェア開発や、自社製品の開発に力を注いできました。皆さんもご存じのとおり、現在はあらゆるものにソフトウェアが組み込まれるようになり、ソフトウェア開発の規模も複雑さも増していくことから、市場は拡大傾向にあります。一方で、3年5年10年後に目を向けたとき「今、目の前のことだけに注力していていいのか」という疑問を持っていました。変化する世の中に対し、新しい領域に目を向けていく必要があるのではないか、という問題意識を抱えていたんです。
KDDI 小野様(以下、小野様):弊社もイーソルさんと近い問題意識がありました。2022年度に掲げた中期経営戦略では「固定通信やモバイル、携帯電話という従来のコア事業を大切にしながら、お客様のビジネスや人々の生活におけるDXを推進していこう」と打ち出し、取り組みを加速させています。そこで課題となってきたのが、真のDXを推進するために、目の前の顕在化されている問題に対応するだけではなく、社会やお客様が気付いていない潜在的なニーズを汲み取り、新たな価値をどのようにして生み出すのかということでした。そして、潜在的なニーズに真摯に向き合い、新しい事業やビジネスモデルを生み出すチャレンジを増やしていくことが重要だと考えていたのです。そのような思いで事業創出人材を育てる施策を開始しました。
日産自動車 北原様(以下、北原様):私たちの課題感は、お二人とは少し異なるかもしれません。今、自動車業界は「車を所有するからシェアする」へ、消費者の意識や世の中の動向が大きく変化しています。特に都市部を中心にカーシェアリングが普及し、「自動車販売・車検・メンテナンスによる利益の創出」という従来のビジネスモデルでは、今後の需要を見込むことはできません。 これから私たちが持続可能なビジネスを行っていくには、新たな収益源、ビジネスモデルを創っていくこと。これが必要不可欠です。この課題に向き合うべく、これまでも、電気自動車(EV)や自動運転をソリューションの糸口として、移動手段以外の価値提供の創造を模索してきました。ただ、どうしても「自動車」を中心に考えてしまうことから、さまざまな企業とパートナーシップによる活動や実験も進めています。「自動車」という旧来の域を超えて、新しいビジネスを生み出すための活動を加速させる必要がある、これが今回プログラムに賛同・参加をさせていただいた背景です。
澤田様:お二方ともに課題へのアプローチを着々と進められているのですね。私たちは、これまでずっと課題感はあったものの、なかなか取り組みの優先度を上げられずにいました。そんな中、4年ほど前にmichinaruさんの事業創造プログラム「Hatch!」を導入し、事業創造のための人材育成を少しずつ進めてきました。その中で見えてきた課題もあり、それが今回の“Hatch! Reframe Open”への参加につながりました。
michinaru:参加にあたって各社どのような目的を持っていらっしゃいましたか。
澤田様:先ほどもお話したとおり、私たちはすでにmichinaruさんの「Hatch!」を実施していました。その過程で芽生えてきたのが、実施後のさらなるフォローアップや他社との共同プログラムを実施したいという思いです。自社だけで企画するのは難しいな、と思っていた矢先にこのお話をいただいて二つ返事で参加を決めました。
小野様:弊社では、以前から新規事業の創造や創出に関わるさまざまな施策に取り組んでいます。ただ、それらは「専属の組織を会社で立ち上げ、そこに異動や公募で社員を集めて取り組む」というスタイルが主流です。しかし、そういった組織に所属していない社員の中にも「こうしたい」という思いの種を持っている人がいるのではないか。そう感じる中で、社員の思いを形にする機会や実施方法に多様性があってもいいのではと考えたのです。
小野様:そんな最中に出会ったのがmichinaruさんの「Hatch! Reframe」でした。私たちの抱えていた「社員が自らの思いを具体化して発信する場」を作りたいという思いと非常に親和性があり、コンセプトにも共感しました。ただ、実施を検討する中で、自社だけの開催ではなく、合同開催ができないかというアイデアが浮上し、michinaruさんに相談させてもらいました。他社の方との意見交換や協働の中で、刺激を多分に受けることで、参加者も事務局の私たちも成長できると考えたのです。
北原様:各社、課題やねらいが重なる部分もあって興味深いです。私たち日産自動車も3つのねらいを持って、今回 2名の社員の参加を決めました。1つ目は、新しいビジネスモデルを創るという未知の経験から、そのノウハウやステップを参加者に学んで欲しいということ。また、人事としては、事業を生み出す人材の育成方法を知りたいという思惑もありました。2つ目は、パートナーシップでの事業創造を活性化するために、他社の方々と組織を超えて議論・協働する経験を積んで欲しいということ。さらに3つ目は、プログラムを通して、参加者に社外のネットワークを作ってもらいたいということです。皆さんがおっしゃるように、他社からの刺激はとても大きなものがあります。今後、新しいアイデアを考案する際などに、相談やアドバイスをし合いながら成長できるような関係性が、今後も続いていけばと思っていました。
michinaru:加えて、特別な期待感などはありましたか?
澤田様:私自身、 Will・Can・MustのWillを軸に新規事業を創るという「Hatch!」のコンセプトに深く共感し、自社への導入を決めました。だからこそ複数社での開催となる今回は、どんな効果や成果が出るのか楽しみでした。以前、新規事業創造に関して、ある大手企業の新規事業のご担当者の方が「守るものを持っている人には、新規事業なんてできない」とおっしゃった言葉が心に残っています。というのも、その時、私は「なるほど」と頷きつつも「そこまでの覚悟を持っていない、事業を創ったことがない普通の人だからこそ考えられる事業創造のカタチがあってもいいのではないか」と感じていたんです。新規事業への取り組みの火種を絶やさないためには「何かやってみたい」という「普通の人たち」の思いを発掘し、「自分にもできるのではないか」と実感してもらうことが大切だと長年、人事に携わる中で感じていました。だからこそ、このプログラムを参加者にとってそういった場にしたいと思ったんです。
小野様:共感です。私の上司が「バットを自分に振らせろ!と言う社員を育てたい」と言っていたのですが、実は、新規事業や事業創造の領域では、そのバッターボックスの存在すら知らない社員が多いのではないかと感じています。だからこそ、今回のような機会を通じて、バッターボックスの存在を示し「私もやってみたい」という思いを醸成し、新しいことへの挑戦の機運を作りたいと考えていました。
michinaru:実際にプログラムに取り組む参加者の様子を見て、どのような感想を持たれましたか。
小野様:まず感じたのは「いい雰囲気だな」ということ。和気あいあいとしながらも真剣な空気感が印象的でした。
澤田様:私もプログラムを見学していて、楽しく真剣に取り組まれている方ばかりだなと感心しました。michinaruさんのファシリテーションのすばらしさでもあるし、場づくりの上手さ、そして参加された皆さんの前向きさによるものだと思います。弊社からは、若手社員、ベテラン技術者、管理部門のメンバー、マネージャーの4名が参加をしましたが、試行錯誤の中でもそれぞれらしくプログラムに取り組んでいるなと感じました。
北原様:弊社からは、2名が参加をしたのですが、二人とも自動車ビジネスとは異なるテーマでアイデアを考案していて、とても興味深かったです。他社の皆さんと一緒に参加したからこそ生まれたアイデアだと感じました。
michinaru:その後、参加者の皆さんの変化、プログラムの効果を感じることはありましたか。
澤田様:今回のプログラム終了後に、今回の参加者と役員、以前自社開催した「Hach!」の参加者で、対話の場を設けました。テーマは「イントレプレナーはなぜ必要か」。そこで出たのは「自発的に自分で考えて行動を起こそう、会社の将来を真剣に考えよう、という人が増えることで、本人も周りもモチベーションが高まり、エンゲージメントの向上につながるのでは」という意見です。その他にも「新規事業はハードルが高くて苦手という勝手な認識があったが、やり方を教えてもらったことで、自分にもできることがあると思えた」という感想。さらに「筋トレのようにこういったトレーニングを毎日少しずつやっていくことが大事だと思った」という声もあり、組織としてトップが意思を伝え続け、挑戦の機会を用意すると同時に、ボトムアップで士気を高めていくことの効果や重要性を改めて感じました。
michinaru:「両利きの経営」のチャールズ・A・オライリーさんの「変革はトップダウンとボトムアップのミートするところで起こる」という言葉を思い出しました。参加者の気づきやリフレームを受けとめ、組織の進化に繋げる対話の場を設けられたのが素晴らしいです。
小野様:私たちも先日、Hatch! Reframe Openを含めた施策参加者の活動報告会と称した事業アイデアピッチを社内で実施したのですが、熱量の高いプレゼンテーションを数多く聴くことができました。初年度としては、想定以上のレベルのアイデアが集まり、彼/彼女たちの情熱に火をつけられた嬉しさとともに、通常業務に加えて、真摯に向き合ってくれたことへの尊敬と感謝が込み上げました。同時に、会社員としての肩書きを外して参加し「自身が解決したい『不(=課題)』って何だろう?」という「Hach! Reframe」のアプローチをすることで、こうも多様なアイデアが出てくるのかと感心しました。現代社会では、求められるスキルや思考が問題解決から問題発見へと変化してきていると感じます。そういった意味でも今回の経験は、新規事業を生み出す際に限らず、ビジネスパーソンとして役立つ経験であると考えています。
北原様:弊社から参加したメンバーも「不(=課題)」を掘り下げるというアプローチは初めてで「目から鱗が落ちる感覚だった」と口を揃えて報告してくれました。また、自らのアイデアを多くの方に聞いてもらうことにより「多角的に意見を聴くことの大切さを実感し、それによって自分のアイデアが磨かれていくことを体感できた」との声もありました。さらに「お客様のニーズを知るには、偉い人ではなく現場の人の声を聞きに行くことが大切だ」という気付きもあり、本プログラムでの経験が、お客様のために何ができるかを追求する実際の仕事に活かされていることを実感しました。
michinaru:皆さんが今後取り組んでいきたいことや、人事としての新たな課題などがあれば教えてください。
北原様:私は「もっともっと人材に投資しましょう」と上司や会社に上申していこうと思います。今回の一連の取り組みを通じて「新しいビジネスモデルをつくる」という会社の期待に応えるためには、これまで以上に人材への投資が必要であることを強く感じました。来年度はこういった機会をもっと増やせるよう、会社に働きかけていきます。
澤田様:私は今回、今起きていることを的確に捉えながら、一歩先を見据えて策を打っていくことが、ありたい人事の姿だと改めて実感しました。現在は、「Hatch! Reframe Open」の経験を踏まえて社内で対話を繰り返しながら、社内の事業創造の取り組みの方向性を見出そうとしています。それを見えやすい形で発信し、社内の新たな機運やスタンダードにしていきたいです。
小野様:私の今後の目標は、「社員が自ら考え、発信するように促す取り組み」を維持、継続、強化していくことです。これまでの活動の成果の一つとして、こういった人財育成施策が、社内で少しずつ認知され始めています。今後は、もっと多くの社員に参加してもらえるよう活動の裾野を広げていきたいです。さらに、出てきたアイデアをそこで終わらせることなく、次につなげる仕組みづくりをすることも、私たちの使命だと考えています。
michinaru:私たちも皆さんの取り組みを、引き続きサポートさせていただきたいと考えています。貴重なご意見をありがとうございました。
本プログラム 参加者による アフタークロストーク・参加者編は こちら