「他者のために、他者とともに」(For Others, With Others)の教育精神のもと、キリスト教ヒューマニズムに基づく教育を展開している上智大学。今回、同大学の人事局が相互触発な職場を目的に実施をした「人事局セッションFOREST」とは。その経緯や内容を学校法人上智学院 人事局 人事グループ長の長谷川 裕美さんにお伺いしました。
横山:今回、「相互触発で進むチームづくり」を目的に研修を実施された背景について教えてください。
長谷川:2年ほど前にふたつの部署が統合して、現在の人事局に。統合により生まれた一体感を、局としてより一層高めたいという想いがありました。また、今年度から担当理事が変わり、「愛される人事局を目指そう」と発信してくださるようになりました。実際には、人事は嫌われ役になることも多いのですが、これからの人事局の在り方を皆で模索するきっかけにしたいとも考えていました。
横山:組織的な変化のタイミングだったのですね。人や風土の面で課題感はあったのでしょうか。
長谷川:大学職員の仕事は、一面的には定型化された業務をミスなく、抜け漏れなく、確実に遂行するということが求められます。そういった業務の特性を理解して、それぞれのメンバーは、担当業務をしっかり、きっちりこなしてくれている。でもその一方で、もっと一人ひとりが自分の能力を活かして仕事に取り組み、日々感じていることを共有したり、考えたことを引き出し合いながら、成果を生む組織にしたいなとも思っていました。組織全体のレベルを高めていくためにも人事局がパワーアップすることは欠かせません。そんな長年の想いとともにご相談をさせていただきました。
横山:メンバー個々の人間性や能力を信頼されているからこその問題意識とも言えますね。貴学の人材育成に4〜5年ほど関わらせていただいていますが、各部署のミドル世代が研修を通じて、自身のwillやリーダーシップに目覚め、自部署に戻っても、職場ではそれを出し切れていない方も少なくないことが気にかかっていました。そういう意味でも今回のご相談をいただいた時はとても嬉しかったです。
横山:3回の研修を含む3ヶ月の取り組みをご一緒させていただきました。プログラムの中で特に印象的だったことはありますか。
長谷川:私たちの組織は控えめなメンバーが多く、自分の想いや考えを全面に出す人材は多くありません。そんな中でもメンバーが自分の想いをさらけ出し、本音を話す場を創れたことがとてもよかったです。
横山:「でしゃばり」という言葉が参加されたみなさんの関係性や組織としての変容を後押しするキーワードになりましたね。
長谷川:はい、今回の研修を通じて分かったことのひとつが、メンバー同士が互いに気を遣い、踏み込みあうことを遠慮し合っている状態だったことです。
横山:それぞれの仕事を責任を持って完遂する業務特性に加えて、控えめなメンバーの特性もあいまっての構図に見えます。
長谷川:チームリーダー達は、若手がやっていることに口を出したら、彼らのモチベーションを削いでしまうんじゃないか、とか。中堅メンバーは、業務を引き継いだメンバーが困っているのが見えていても、自分が口出しをしたら気を悪くするんじゃないか、とか。「こんなことを言ったら『でしゃばり』って思われるんじゃないか」とそれぞれが思い込んで、結果としてチームのみんなで仕事をよりよくしたり、一人ひとりが成長することを抑制しあっていたんです。
横山:そうした思い込みが相互触発な関係への足枷になっていたのですね。
長谷川:はい。でもよりよい仕事にしていくための踏み込み、つまり、でしゃばりが悪いわけないですよね。むしろ大歓迎。なので、研修2日目と3日目の間にあった1ヶ月ほどの期間でそれぞれのチームや階層ごとに時間をとって集まり、一人ひとりのアクションに「でしゃばりじゃない認定」をしていきました(笑)
横山:いいですね。
長谷川:人事局の関係性の深層にあったバイアスを皆で確認できたことで、メンバーの雰囲気が変わったように感じました。研修3日目の冒頭(チェックイン)では、若手の女性メンバーが「私、意を決して普段ならやらないでしゃばりをやってみたんですけど、拍子抜けするくらい何も起こらなかったんです。本当に誰もでしゃばってると思わないんだなと言うことがわかりました(笑)」と発してくれたんです。この一言がきっかけになって。あぁ、そうか、でしゃばっても大丈夫なんだって。むしろ、こういうことならみんなもっとやってほしいと思っている、ということを確認し合うことができました。
横山:はい、よく覚えています。3日目の朝、研修会場に入ったら、2日目までの停滞感がまるで嘘のように消えていて、みなさんの雰囲気がガラッと変わっていました。約1ヶ月の間に長谷川さんがさまざまな働きかけをしてくださったのも大きかったと思います。
横山:それぞれが定めたアクションプランを職場に貼り出しているとお聞きしました。その後の変化や効果はいかがですか。
長谷川:小さくとも今後につながる変化を感じています。これまでは、自分でやったほうが早いからと言っていたチームリーダーがいたんですよね。メンバーに任せる時も、丁寧に整えてからお願いするみたいな。でもそれって、メンバーの本当の能力や価値を低く見積もっているということにならないか、といった話もして。メンバーを信頼して業務をまるごと任せるようになりました。受け取ったメンバーも、任されて初めて、これまでリーダーがこんなにも業務を助けてくれていたことに気づいた。尊敬や感謝の気持ちがこれまで以上に湧いたと話してくれました。
横山:前例踏襲で、できるだけ波風をたたせずに粛々と業務や役割をこなしてきた方々が、自分自身や周囲のメンバーの可能性に真摯に向き合い、変容していくその過程がとても印象的でした。
長谷川:現状の自分を真正面から受け止めることが、何よりの変化・変容の原動力になると私も強く感じました。若手メンバーが一歩引いて組織全体を捉えて動けるようになるなど、メンバーからの発案や働きかけも増えてきています。
横山:他の組織でも無意識の思い込みによって組織の進化を阻んでしまうことはよくあることだと思います。今回、みなさんがそれを自覚して、心理的な障壁を乗り越え、変化を後押しした一番の要因は何だったと思われますか。
長谷川:「問いかけ」だと思います。普段考えてもいない問いを自分に向ける。それによって自分や職場の現状をきちんと認識すること、目指す姿や方向性を定めて、それに向けて乗り越えるべき自分たち自身の恐れや不安といった心理的障壁(エッジ)を自覚することが、彼らの変化・変容を自然と後押ししたのだと思います。
横山:今後に向けてはいかがですか。
長谷川:こういった活動は、反復が重要だと思います。もちろん1回で大きな変化や成果が出ればよいですが、一朝一夕で成し遂げられるものでもありません。そういった意味では、成果は、関係の質を変えることからしか得られないんだと思います。
横山:今日はありがとうございました。