菊池:ビジネスシステム開発や組込系制御システム開発、ITインフラ構築など、総合IT企業として50年を歩んでこられたJTS様ですが、前身は創業者のお父様が経営されていた大学進学予備校だそうですね。
松浦様:はい。当時、創業者の山口が、父親の経営する予備校の新規事業部門として、組織内にソフトウェアセンターを立ち上げたのが始まりです。現在は、独立系ソフトウェア会社として産業や流通、医療、金融、メーカーなど幅広い分野のシステム開発を手掛けていますが、現在の役員や幹部がそれぞれの得意分野を切り拓く形で、多くの分野を手掛けるようになりました。
横山:今回のMIプロジェクトでは、新事業創造やイントレプレナーの育成を目指していますが、貴社の創業期や発展期は、まさにそういった方々の力で会社を大きくされてきた歴史があったのですね。
松浦様:はい。これまで先人たちが開拓し、育ててきた事業を継続発展させながらもサスティナブルな企業経営を目指していく上で、事業の多角化を進めていきたいと、10年ほど前から新事業創造に関するさまざまな施策を講じてきました。
松浦様:特に、リーマン・ショックが起こった時期に、事業の多角化を見据えた新事業創造について議論が高まりました。
菊池:顧客との強固な信頼関係や既存事業の強さがあるがゆえの課題ですね。インパクト大のネーミングの新規事業「1億円プロジェクト」もこの時期に立ち上がったと聞きました。
松浦様:ええ。創業40周年を機に、現在は相談役である2代目社長が立ち上げたもので、いわゆるビジネスコンテストです。発足直後は盛り上がりをみせていましたが、結局、事業化の実績を上げるには至りませんでした。「全社での検討に値するようなものを年間6件は出すように」というノルマもありましたが、軌道に乗せられないまま時間が経ってしまいました。
野口様:当時は、システム開発の現場にいたので、突然、何かを提案するようにと言われて非常に悩みました。新しい事業に繋がるようなアイデアを出すことは容易でなく、職場環境改善など身近な問題を解決する提案になりがちでした。たまに斬新な提案があっても、詰めが甘いと軌道修正が必要となり、調整と検討を繰り返すうちに提案を諦めてしまうことがたびたびありました。どの部門も、新規事業を提案したくても、その道筋が分からないというジレンマに陥っていたと思います。
松浦様:一方で、審査する側の能力不足やバックアップ体制の必要性も強く感じていました。
菊池:事業を生むためには、審査する側の知識や経験、支援側の体制も不可欠ですからね。
松浦様:はい。1億円プロジェクトでは、意欲を持ってアイデアを出した若手社員が既存事業との兼務の難しさに悩む例が少なくありませんでした。せっかく手を挙げてくれた社員を支援側がフォローできず、個人任せになっていたのです。
横山:21年度にこのプロジェクトを仕切り直されていますが、どのような経緯だったのでしょうか。
松浦様:私自身、2020年4月に新事業提案事務局の専属になったこともあり、改めてこの「1億円プロジェクト」を成果の出せるものにしたいと根本から見直しました。過去の反省や教訓も踏まえて、承認プロセスの見直しや審査基準の明確化、企画提案のバックアップ体制などに着手しました。また、わくわくする未来を共に創っていこうという想いを込め、プロジェクト名称を「MI(MIRAI Intelligence)プロジェクト」へ刷新しています。
菊池:プロジェクト刷新の過程で、我々にお声かけをいただいたのですね。プロジェクトを推進される上で課題視されていたことはありますか。
松浦様:はい。我々は、顧客の課題には応えられても、自ら課題を発見・設定する筋力を日頃あまり鍛えていません。その点を何らかの形で補強しなくてはと情報収集や企画起案の過程でmichinaruさんとのお付き合いが始まり、MIプロジェクトとして再スタートに至りました。
野口様:私も、松浦の異動と時を同じくして2020年にHR推進部に異動し、キャリア専任になりました。人的資源の活用や育成指針を見直すと同時に創業50周年に向けて、ITトータルソリューションプロバイダへ挑むには、どのような人材の育成が必要なのだろうかと考えていました。目指す姿の実現に向けては、SEという専門職だけでは難しく、イントレプレナーの育成が不可欠だと思いmichinaruさんの「内発的動機から事業を生み出す挑戦者の創り方」というカンファレンスに参加をしたのです。
菊池:松浦さんは、新規事業を成功させる視点からのアプローチだった一方で、野口さんは人材育成の視点からのアプローチだったのですね。事業創りには、人材育成と組織開発、双方のアプローチが必要ですが、お互いが情報共有をしながら、連携して取り組みをされているのが素晴らしいです。
菊池:先述の課題感も踏まえ、事業を生み出す人づくり・風土づくり・制度やプロセスづくりの観点からご提案させていただきました。
松浦様:MIプロジェクトは、新規事業の起案や審査、投資すると判断したサービスの開発、それを下支えする人材育成や組織開発など全てを総称する活動です。michinaruさんには、当社の現在の状況も赤裸々にお話しし、今後のビジョン実現に向けた提案制度やそれに伴う人材育成の在り方についてご相談させていただきました。
菊池:もともと松浦さん達が考えておられた新経営陣からの新規事業に懸けるメッセージ発信や事業案の技術部門での引き取りなど、安心して提案できる環境整備を進めていただきながら、上期 / 下期に実施した研修では、個人のマインドセットやアンテナの方向性を変えていくことを狙ったプログラム設計をしました。新規事業や新しいことへの挑戦に興味のある社員が、問題解決の方策づくりに走らず、世の中に溢れる「不」に日常的に好奇心を向けるようになることで、多様なアイデアが生まれる入口づくりになると考えたのです。
松浦様:スタートとなる2021年上期には20人の応募があり、追加開催となった下期にも15人が手を挙げてくれて、よくこんなに集まったなと内心ホッとしました。参加してくれる人がいるのかどうかが、まず不安でしたから。
菊池:若手社員だけでなく、中堅社員や管理職の方も参加されていましたね。
松浦様:キャリアがあり社内の課題がよく見えている、課題感を持った社員たちです。
横山:研修では、まず、事業創造のスタートラインに立つ準備をしてもらいました。キーワードは「不(=課題)」ですが、普段、問題解決の筋力をとにかく鍛えている方々なので、すぐに視点は切り替わりません。最初は、一人ひとりの「スキ・トクイ・ダイジ」を紐解き、動機の源泉を見つけ、現実ではあり得ない妄想で発想を飛ばすことなどを通じて、自身が気になる「不」を見つけていきます。これを事業アイデアの素として、期間中の実践課題(ペルソナインタビューや一次情報フィールドワーク)やワークショップ内でのショートピッチ演習を通じて、アイデアを磨き、自身が提案したい事業プランを模索してもらいました。
菊池:2年目は、アドバンス版として前年度の研修を受けた8人の社員がエントリーをし、半年にわたり、さらに実践的に課題を掴み、事業プランを磨き上げる内容に挑んでいます。
野口様:とにかく、ワークや実践の中で「対話」がたくさんありました。自ら手を挙げてきた参加者には主体性が全面に見えたことも新鮮でした。
横山:部課長から若手まで多様なメンバーがいる中で、非常にフラットで活発な話し合いをされていたのも印象的です。遠慮も、押し付けもない。対話がとても上手でした。
野口様:ショートピッチやプレゼンテーションなども、それぞれ個性的でしっかりした内容に驚きました。「SixHats」を受けた参加者からは、普段の議論にも取り入れたいという感想をもらっています。「批判的な意見を言う等の役目の帽子を被る」というやり方は、さまざまな視点から意見を出しやすくなる良いツールですね。
菊池:1年目を振り返り、お二方はどう感じていらっしゃいますか。
松浦様:初年度35人ものメンバーが参加をしてくれ、課題を見つける筋力の弱かった社員が、課題を探そうと意識するようになったことに感心しましたし、彼ら自身も変化を感じているのではと思います。
野口様:自分の想像した「不」の裏付けを取るために自分の足で話を聞きにいくことや一次情報を取りにいくことの大切さについて、事務局の我々も実感しました。企画を出すことに、前より興味を持った社員もいるようで、研修という域を超えて、既存業務や個人のミッションに対しても相乗効果があったと思います。HRという私の立場からすると、アイデア研修でありながら、キャリア研修のようでもあるという一面にも強く惹かれました。最初に事前課題に向き合ったときに、とてもワクワクしたんです。「スキ・トクイ・ダイジ」つまり自分の「Will・Can・Must」について向き合う。自分のやりたいことやありたい姿を考える時間にもなっていて、行動変容を促す内容でした。
菊池:2年目が今まさに動いているところですが、翌年以降の課題をどのように捉えていますか。
松浦様:発見した課題を磨いていく必要があると思っていて、課題磨きのための今年度のプログラムに期待しています。
菊池:そうですね。アイデアの出し方や事業のゼロイチの生み出し方に興味を持ってくれた人が、次のプロセスで課題の質や解決策の質を向上させなければなりません。今後も個の育成強化に加え、組織全体へのアプローチも行うことで、プロジェクトの裾野拡大と実践力の強化を図っていきたいと思っています。ギアを一段高め、事業創造プラットフォームの基盤づくりができるよう、前進あるのみです。
松浦様:参考にしていたリクルート社の新規事業提案制度「Ring(リング)」のエッセンスを取り入れることができつつあるかな、という手応えを感じています。ノルマだから仕方なく捻出したアイデアではなく、好奇心や個人的な想いを持って練られた熱量あるプランが着実に増えつつあります。michinaruさんの「Hatch!」というプログラムが、その要素を多分に持っていますね。半年間の研修やフィールドワークへの伴走に加えて、経営陣との面会を通じて、MIプロジェクトの制度設計や施策自体の見直しにも踏み込んでいただき、目標に対して、少しずつ階段を上ってきている印象があります。
菊池:ありがとうございます。今後の課題だと考えられていることはありますか。
松浦様:社員の本気の提案に対して、経営陣も本気で向き合って決断し、スピード感を持って実行に移していく状態をつくらねばならないと考えています。
横山:提案に対する審査側の基準や支援側の体制づくりはMIプロジェクト発足時から抱えておられた松浦さんの課題意識に通じます。
松浦様:もちろん、リスクや投資の面から経営にはさまざまな葛藤がつきものですが、JTSが一皮むけるために非常に重要な課題だと考えています。MIプロジェクトの成功やビジョン実現のために、経営陣と一緒になって決断力を磨くことに挑戦していきたいです。
横山:松浦さんは、その先にどのような理想を描いておられますか。
松浦様:MIプロジェクトのキックオフの際に社長の清水が語っていましたが、「社員みんなが生き生きとして仕事をする」ということでしょうか。社長は「社員がやりたいことを新事業とする。これが大前提」という話をしていますので、社員がMIプロジェクトをチャンスと捉え、社員の内なる情熱を行動に変えるサポートをしていくのが、我々の役目だと思っています。
野口様:今回の研修で、自分のワクワクやドキドキはどこにあるのか、気づくことができた社員も多いと思います。それは、生き生きと働くことに通じる入口かもしれません。改めて、自分たちの価値観を内省する時間を持てたことに感謝すると同時に、人材育成の視点からも事業創造の実践の有意義さを感じました。
菊池:社長も現場も、目指す先の理想が同じであることが素晴らしいです。事業創造の果実が事業そのものだけではなく、事業の先にある関わった人たちが生き生きと働いていることであると捉えているからこそできる挑戦があると感じます。貴社のビジョン実現に向けて、引き続きご一緒させていただけたら幸いです。今日は、貴重なお話をありがとうございました。