「筋の良い課題」の見分け方
新規事業アイデアを選定する時のポイントは?
企業が提案制度等で寄せられる新規事業アイデアを選定する際には、
自社のリソースは活かせるか?市場はあるか?スケール可能か?
等様々な視点が存在しますが、それらに先駆けて必ず見極めなければいけないものがあります。
その新規事業アイデアで解決しようとしている課題は、「筋の良い課題なのかどうか?」です。
筋のよい課題の「3つの条件」
そもそも事業とは課題解決活動ですから、課題なくして成立しません。
新規事業とは、今の世の中に存在する課題に対して新たなやり方での解決方法を提案する営みだと考えるとき、
提案された新規事業案のレビューのために「解決できる課題は何か」「それは筋の良い課題か」の問いが一丁目一番地であることは間違いありません。
では、数ある新規事業案のうち、「筋の良い課題」はどのように判断することができるのでしょうか。
今日は「3つの条件」を挙げて考えていきたいと思います。
①顔の見える誰かの切実な課題であること
まず一つ目は、顔の見える課題であること、です。
新聞や教科書に載っているような漠然とした課題ではなく、課題を持っている人の顔が浮かぶ、そして切実な声が聞こえるほどの課題であることが
「筋の良い課題」の第一条件です。
今のキャッシュレス時代の先駆けである、JR東日本が生み出した偉大なる新事業、Suica開発の原点となった課題を皆さんはご存じでしょうか。
一枚一枚切符にハサミを入れていたJR職員の生産性向上でも、ラッシュ時の混雑の緩和でもなく、
“半年や1年分の高額な定期券を購入した顧客(利用者)が、単に定期券を失くしてしまった、というだけで全額改めて負担しなくてはいけない、という理不尽はなくさなければならない”
とSuica開発指揮を執った椎橋章夫氏が語った通り、ユーザーの切実な課題(不)が出発点だったそうです。
発行枚数8000万枚を超え、鉄道会社の枠を超えて生活革命の先鞭をつけた新事業Suicaは、定期券を持ったことのある人ならだれもが一度はヒヤッとしたことがある不の解消のために生まれたなんて驚きではないでしょうか。
(ちなみに椎橋氏のこの言葉に開発チームは非常にワクワクしながら10年に及ぶ壮大な開発ミッションをやり遂げたそう。何とかせねばならないと思える課題があると、チームの力は引き出されるんだということも感じますね。)
新規事業案を選定するとき、
「市場はあるか」「リソースが活かせるか」を問うより前に、
「その課題は本当に存在するか」
「その課題を持っているのは誰か」
「(その人にとって)お金を払ってでも解決したい切実な課題か」
の問いの方が、数倍「筋の良さ」を測ることができるのだと改めて確信します。
また、その問いの答えを持っているのは誰でしょうか?
多くの企業内新規事業を生み出しているDeNAの南場智子会長は新規事業の合否判断を経営会議でやるのを辞めたそうです。
「経営陣といえどもその良し悪しを判断する能力は私たちにはない」
「それを決めるのはユーザーであり市場である」と言います。
筋の良い課題であるかどうかは外に開いて初めて見えてくるのだと思わせられるエピソードです。
②「Why Now?」のある課題であること
筋の良い課題の二つめの条件は、「Why Now?」つまり、「なぜ今取り組むのか?」にこたえられる課題であることです。
先ほどの①が「虫の目」であれば、②は潮流を読む「魚の目」をイメージしてみてください。
空き部屋を貸したいオーナーと、現地での体験を重視するゲストをつなぐ「Airbnb」は、サブプライムショックとリーマンショックとの間、世界経済が一番厳しい状況で生まれました。
部屋を貸して少しでも収入を得たい持ち家所有者(≒リーマンショック打撃者)の課題と、「所有」より「体験」を重視したい旅好きな人たちの課題を同時に解決するこの事業は、時代の要請に応えるものだったからこそ、短期間で市場を席捲したのでしょう。
目の前に存在するその新規事業アイデアは、「今」取り組むべき課題なのかどうか?または「未来」から要請された課題なのかどうか?
そんな問いかけから見えてくるものがきっとあるはずです。
③会社と個人が「自分ごと化」できる課題であること
筋の良い課題の三つ目の条件は、「自分ごと化できる課題」であることです。
会社として「自分ごと化」できるかどうかは、この課題解決に取り組むことが自社のミッションと重なっていると認識できるかにかかっています。
これができず、自社にとって取り組む意義が十分に認識されなければ、
新規事業チームは孤軍奮闘状態に陥り、いずれ力尽きてしまいます。
投資に対するリターンが今すぐになくても、トップが意義を感じながら旗を振り続けるために、その重なりをしっかりと問うておくことが重要です。
また、個人としての「自分ごと化」とは、その主体者にとって、この課題に挑戦する理由があるか、ということです。
自身の仕事人生の中の5年10年(またはもっと長く)を賭けてでも私がこれをやるんだ、という強い動機があれば、すぐに芽の出ない事業化への道のりを乗り越えることができるでしょう。(食べチョクの秋元氏は実家が農家で「農家は儲からないから継ぐな」と言われたことが原動力になったことをのちにピッチで語っています)
結局のところ、新規事業提案フェーズに挙がってくる事業プランが、そのまま事業化されることはまずありません。
提案段階の事業プランはあくまで出発点に過ぎず、そこから検討を始め、事業と言える状態に育てていく長い長い道のりが始まるのです。
その、「山あり谷あり」の道のり(容易に想像がつきますよね…)を進み切るために、自分ごと化できる課題であるかどうかをぜひ丁寧に見極めていただければと思います。
企業内新規事業における「筋の良い課題」の見分け方を書いてきましたがいかがだったでしょうか。
皆さんの会社の“秘伝”の見分け方があればぜひ教えていただければ嬉しいです。
★追伸 Suica開発エピソードはまだまだ奥が深そうです。詳しく知りたい方は椎橋氏の書いたこちらをどうぞ。